ビックリマンなら”天使”か”お守り”でお願いします。
2008年06月01日

昨日、NPO法人のイベントに参加しました。
友人の佐々木大河から『イベント参加者に自転車をプレゼントしたいから自転車買って』とかわいくお願いされました。
それで、この自転車がどんな方の手に渡るか楽しみに見に行ったのです。

この狭い熊本といえどNPOという形でボランティアに励んでいる方が大勢いらっしゃいます。
って昨日実感したんですが。
ボランティアについての考えを書くとこのブログのサーバーでは耐え切れないので今日は止めときます。
まぁ、どうせ生きるなら世の中のためになる生き方をしていったほうがいいな。
って思うんです。
たとえば、、、ごみはポイ捨てしない。
別にしたけりゃすればいいと思うんです。
僕が拾うから。
別に障害者用駐車スペースに自動車を止めたっていいんです。
僕が車椅子を押してあげるから。
そう。そっちを判断してもいいんですよ。
ただ、前者を選ぶヤツ(あえてヤツ)は
ビックリマンでいうと”悪魔”だけどね。
佐々木大河。
わざわざ”天使”の判断をするヤツ(あえてヤツ)。
毎回、なんで?って思うけどボランティアをやります。
木を植えてみたり。
若者を奮起させてみたり。
パッチアダムスを呼んでみたり。
でも、僕はどっちかというと、好きです。
別に”天使”だからいい。”悪魔”だから悪い。っていってるわけじゃないんです。
僕がそう決めてるだけだし、どっちが好きかってはなしだし。
長くなりましたが、実は今日の本題。
僕の行きつけのコンビニ(前も出てきたあのコンビに)の入り口のドアがぶっ壊れてました。
店員さんに『どうしたんですか?』
と聞くと
『お客さんが壊されたんです。。。』
といいました。
『えっ?』
『私たちが悪いんですが、レジで少しお待たせしてしまったんです。そしたらお客さんが帰り際にドアを蹴って壊されたんです』
はい。
どう思われますか?
僕は、原因は店員さんにあると思います。
店員さんが悪い。
だって待たせたんだから。『少し』待たせたんだから。
そりゃ怒るよ。
『少し』待たされたんだから。
『少し』っていっても1秒から1分40秒くらいまで幅があるしね。
そりゃドア蹴り壊すよね。
うん。店員さんが悪い。
でもね。一時間は待たせてない。
10分は待たせてない。
それでドア蹴り壊したヤツ。
許さん。
後始末をした店員さんの顔を創想像してみろ!
そんなに人が悲しそうな顔を見るのが気分がいいか?
僕も生きているから、どっかで”悪魔”の部分があるかもしれない。
自動車にのって排気ガス出してみたり。
ごみをリサイクル仕切れなかったり。
その他いろいろ。
でも、ビックリマンとして生きるなら”天使”か”お守り”で生きて生きたいものです。
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この記事へのコメント
先日、mixiやってる後輩の日記で「電車を待ってるときにおばあさんが割り込んで来て、その後ろにいた若者が怒り出して、駅員まで巻き込んで周りが大騒ぎになった。・・・おばあさんだけは電車に乗ってったけど」という話があった。
後輩は「割り込んだおばあさんも、それにキレた若者も悪い」と感じたらしいけど・・・
我々の発想からすれば、『なぜおばあさんに『どうぞ』と一言譲る気持ちがその場の誰にもなかったのか?』という疑問が残るよね・・・
『和を以て貴しとし、忤ふること無きを宗とせよ。・・・』とは『十七条の憲法』の最初にある言葉だけど、それこそが日本人の美徳ではなかったのか?と思うね。
おまえのブログを読むと、つくづくこの発想が我が家の教えの根底にあるんだろうなぁ・・・って感じるよ。
後輩は「割り込んだおばあさんも、それにキレた若者も悪い」と感じたらしいけど・・・
我々の発想からすれば、『なぜおばあさんに『どうぞ』と一言譲る気持ちがその場の誰にもなかったのか?』という疑問が残るよね・・・
『和を以て貴しとし、忤ふること無きを宗とせよ。・・・』とは『十七条の憲法』の最初にある言葉だけど、それこそが日本人の美徳ではなかったのか?と思うね。
おまえのブログを読むと、つくづくこの発想が我が家の教えの根底にあるんだろうなぁ・・・って感じるよ。
Posted by 専務 at 2008年06月07日 11:36


